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2019年11月24日 (日)

ガーナ国のケープコースト奴隷海岸を走る

ガーナ共和国の旧首都であるケープ・コーストの海岸道路を紹介します。↓
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ここは、私達観光団が宿泊したホテル「アルバータ・パレス・ビーチ・リゾート」の専用ビーチです。↓
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遠くに、ユネスコ世界遺産 ケープ・コースト城塞が見えます。2008年、オバマ米国大統領が、奴隷の子孫であるミシェル夫人と娘2人を連れて訪問した「奴隷収容所」です。
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私達観光団が、ホテルの離れ家で、食事中の風景です。
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かって、アフリカ奴隷たちは、このケープ・コースト城から、約3カ月ごとにやって来る奴隷船に積み出されました。奴隷は商品ですから、勝手に逃げ出さないように、手腕や足脚に、鉄製の錠が嵌められて、厳重に保管されていました。~~~~~下の写真は、奴隷が永い間の保管期間が過ぎて、沖合いで、待っている大型奴隷船に、小舟で積み出される場所です。↓いまは、多くの現地の漁民たちが、その場所で、漁具の手入れなどして働いていました。↓
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昔、むかし、積み出された奴隷たちは、この扉から、本館(奴隷収容所)へ帰ることは出来ませんでした。↓
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いまは、奴隷積み出しの岸壁は、漁民の働き場所になっていました。
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私達観光団は、扉を開けて、本館(奴隷収容所)に帰ることが出来ますが、昔の奴隷たちは、二度と、この扉を開けて貰えませんでした。
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いまは、漁船の置場になっていました↓
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観光団は、積み出し岸壁から、本館に帰るところです。
奴隷たちは、2度と、この通路を歩くことは出来ませんでした。 
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ケープコースト城は、16世紀にポルトガル人が貿易の拠点として建設した小さなロッジの跡に、オランダ人によって1630年に建設され、その後、スウェーデンの手に渡り、1664年には英国の所有となりました。後に何百万人の奴隷をカリブ海、アメリカへと輸送する拠点となった此の城は、1877年に首都がケープコーストから、アクラに移るまで、英国の植民地政府として使用されました。
いまは、この城は、奴隷貿易の公立博物館です。~~~~~~
下の写真は、ケープコース城の正面と、出入れ口です。↓
 
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2012年12月13日(木)=日本では12月14日、私達観光団は、ガーナ国のケープ・コースト城を見学しました。~~~~~~~バラク・オバマ米大統領一家が、2008年7月11日に、ミシェル夫人と2人の娘を伴って、かって多数の奴隷が南北アメリカ大陸などに送り出されたケープ・コースト城を訪問しました。オバマ米大統領は「ここは、深い悲しみの場所であると同時に、アフリカ系米国人の大半が経験した旅の起点でもある。アフリカ系米国人として特別の感情を覚える」と語った。オバマ大統領はアフリカ移民の息子であり、ミシェル夫人はアフリカ系奴隷の子孫です。
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■重い歴史を伝える世界遺産 
 ケープ・コースト城は同国の首都アクラ(Accra)の160キロ西に位置する。17世紀に木材や金の貿易の拠点として建てられ、その後、奴隷貿易の拠点となった。300キロにわたるガーナの沿岸部に点在する約60か所の奴隷貿易の拠点のうち最大級のもの。それらの大半は今では廃墟になっている。 
 欧州人が欧州外に作った建造物として最古のものの1つでもあるケープ・コースト城は、国連教育科学文化機関(ユネスコ、United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization、UNESCO)の世界遺産(World Heritage Site)に登録されている。
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ユネスコ世界遺産のケープ・コースト城です。↓
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2012年12月13日(木)、ガーナ共和国の奥地にあるクマシ市から、湾岸の町ケープ・コーストへ行く途中で、小さな町に出会いました。道路工事中のために、専用バスが、一時的に停止しました。そこで、車窓から見たものは小学校でした。↓
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道路工事現場の時間的な車両通行制限のために、専用バスが、約15分間ぐらい停止していましたところ、物売りがやって来ました。
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小学校の生徒さん達が、物珍しい日本人を見物するために、校舎から出てきて、私達を観察していました。↓
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私達、観光団の専用バスは、ゆっくりと走っていると、小さな町の市場に出遭いました。農村風景のヒトコマです。
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バナナが無造作に、置いてありました。↓必ず売れるでしょう♪
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アフリカのガーナは、食糧の豊かな国です。広大な肥沃な土地がありました。畑も沢山に耕されて、そして植物が生い茂っていました。↓
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