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2019年11月30日 (土)

エクアドル国、キトのお祭り風景を撮影する

 

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エクアドルの首都キトの旧市街におけるお祭風景を撮影しました。
(1999年11月25日)

 

 

 

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エクアドルの首都キトの旧市街におけるお祭風景を撮影しました。
(1999年11月25日)

エクアドルの治安概況(日本国外務省発表)
(1)2007年1月15日に就任したコレア大統領は、エクアドル社会の大多数
  を占める貧困層の支持を得て、高い支持率を維持しており、現在のとこ
  ろ、同政権を取り巻く国内の情勢は安定しています。

(2)コロンビアと国境を接するスクンビオス県、カルチ県及びエスメラル
  ダス県の北部地域並びにオレジャアナ県では、コロンビア系反政府ゲリ
  ラ勢力の浸透による凶悪犯罪や、薬物・武器の密輸の増加が問題となっ
  ています。2005年8月には、スクンビオス及びオレジャアナ両県におい
  て住民等が民間石油会社に雇用枠の拡大等を訴え、火炎瓶を投擲した
  り、石油パイプラインを爆破したりしています。また、2008年3月1日、
  スクンビオ県北部の国境地帯において、コロンビア軍が、エクアドル領
  内にあるコロンビアの非合法武装勢力を越境攻撃しました。直後にみら
  れた二国間の極度の緊張状態は改善の方向に向かっているものの、国境
  地帯を中心に引き続き注意が必要です。

(3)首都キト市やグアヤキル市においては、強盗を始めとする凶悪犯罪が
  依然として高い水準で発生しています。その被害は日本人を含む外国人
  観光客にも及んでいます。

(4)2008年1月中旬からの長雨により、全国各地に甚大な被害が発生して
  います。

 

 

 

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エクアドルの首都キトの旧市街におけるお祭風景を撮影しました。
(1999年11月25日)

 

 

 

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*上段の写真は、独立広場のキトの市庁舎前で、
市民たちのお祭の様子・群衆を撮影しました。

*下段の写真は、パネシージョの丘を背景に、
道行くお祭の行列・群衆を撮影しました。
~~~~~~~~
1999年11月25日、木曜日
キト市街を北端から南端まで走るトロリーバスを、
観光しながら1往復した。そのあとに、
3度目の独立広場を中心に旧市街観光に出かけた。
郵便局で絵葉書を買った。日本の5人に、お便りを
書いて投函した。

独立広場の市庁舎前で、キトのお祭の行列を見物した。
民族衣装を着た行列の中の婦人が、私に
バナナ酒を振舞ってくれた。
お祭の行列が練り歩く約3時間、旧市街の道路では、
トローリーバスや自動車は
走ることことが出来なかったようだ。

 

 

 

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*写真は、エクアドルのキト市のカロリーナ公園です。
この公園の北側、写真の場所に《野口英世像》が存在する筈でした。

~~~~~
野口英世像について
1918年、当時黄熱病の犠牲者が多く出ていた、エクアドルの
グアヤキルの町にやってきた野口英世は、ここで研究をつづけ、
ワクチンを作り、被害が広がるのを食い止めました。
これを讃えてエクアドル政府は、彼に「名誉大佐」の勲章を
授与しました。

最近、キトの町に、日本の野口英世財団により、
野口英世像が建てられたという。
そこで、1999年版のガイドブックに従い、探しまわりました。

ガイドブックには、
「新市街のカロリーナ公園の北側のAv.NacionesとCalle Japonの
交差点から公園に入って100mほど行った左手に、
《野口英世像》がある」と書いてありました。

観光ガイブックに従って、現地に行きましたが、そこは、写真の場所です。
周辺に住む人々に聞いて回りましたが、その「野口英世像」の存在を
確認出来ませんでした。

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