« エクアドル国、キトのお祭り風景を撮影する | トップページ | ペルー国リマ市の大統領府を見る »

2019年11月30日 (土)

ペルー国首都リマの新都市地区ミラフローレスを歩いて

 

イメージ 1

*写真は、ミラフローレスの海岸にある「恋人達の公園」です。

恋人達がキスして抱き合っている巨大なモニュメントに驚嘆しました。
この公園では、週末にはコンサートなどが開かれることもあり、
沢山の若者たちが踊りにやって来るという。


~~~~~~日本国外務省発表~~~~

ペルー:非常事態宣言の再延長 (2008/07/16)

1.ペルー政府は、2005年12月23日以降、テロ組織センデロ・ルミノソ
 (SL)が活動しているとされる地域を非常事態宣言地域に指定し、国軍等
 の治安部隊を派遣してSLの掃討作戦を展開しています。

2.この関連で、同国政府は、2008年7月12日、現在非常事態宣言が発令さ
 れている4郡7町(アヤクチョ州:ワンタ郡、ラ・マル郡。ワンカベリカ
 州:タヤカハ郡。クスコ州:ラ・コンベンシオン郡キンビリ町、ピチャリ
 町、ビルカバンバ町。フニン州:サティポ郡、コンセプシオン郡アンダマ
 ルカ町、コマス町。ワンカヨ郡サント・ドミンゴ・デ・アコバンバ町及び
 パリアワンカ町)の非常事態宣言を再延長(期間:7月18日から9月15日ま
 での60日間)する旨発表しました。

3.なお、上記2.の地域以外にも、SLが活動しているとされる3郡2町(ワ
 ヌコ州:マラニョン郡チェロン町、レオンシオ・プラド郡、ワマリエス郡
 モンソン町。サン・マルティン州:トカチェ郡。ウカヤリ州:パドレ・ア
 バッド郡)に対して非常事態宣言が発令(期間:7月5日から9月2日までの
 60日間)されています。

4.つきましては、ペルーに渡航・滞在を予定される方は、在ペルー日本国
 大使館(在リマ総領事館)やテレビ・ラジオ等で最新の情報入手に努める
 など、安全確保には十分注意してください。特に、上記の非常事態宣言発
 令地域には、「渡航の延期をお勧めします。」の危険情報が発出されてい
 ますので、不測の事態に巻き込まれないためにも同地域への渡航は避けて
 ください。さらに、非常事態宣言地域に隣接する地域に渡航する際にも、
 安全確保に細心の注意を払ってください。
  なお、外務省海外安全ホームページには、「海外へ進出する日本人・企
 業のための爆弾テロ対策Q&A」や「海外における誘拐対策Q&A」等のパン
 フレットを掲載していますので、併せて御参照ください
 ( http://www.anzen.mofa.go.jp/pamph/pamph.html )。

5.ペルーには上記非常事態宣言発令地域以外にも「渡航の是非を検討して
 ください。」又は「十分注意してください。」の危険情報が発出されてい
 る地域がありますので、その内容についても十分御留意ください。

 

 

 

イメージ 1

イメージ 2

**リマの新市街にあるセントラル公園の柵外では、
青空絵画市場が開かれていました。
なかなか素敵な絵画を即売していました。
~~~~~~~~

新市街のミラフローレス地区は、高級住宅街です。
旧市街のセントロ地区と違って喧騒はなく落ち着いた街でした。

公園の端にある広場から、放射状に大通りが5本延びていますが、
緑地帯には花が植えられてあって、とても美しい街路でした。

 

 

 

イメージ 1

イメージ 2

**写真は、新市街のミラフローレス地区のセントラル公園です。
この公園の一角には、円形コロシアムや観光案内所がありました。
また、周辺には、カテドラル、市役所などがありました。
~~~~~~~~
ペルーの首都リマ市は、人口8百万人と現在では南米有数の都市に発展しました。
ペルーの政治・経済・文化の中心になっています。
地方の貧困とゲリラの活動の為に、内陸部を逃げ出してリマに出て来る人が
急増して、現在のように国内の3分の1が集中する状況になったそうです。

 

 

 

イメージ 1

*写真は、新市街のミラフローレス地区のセントラル公園の傍らに建つ
キリスト教会=カテドラルで見た結婚式の光景です。

~~~~~~~
1999年11月27日、土曜日
昨夜、午後11時ころに、ペルー国リマのホルヘ・チャベス国際空港に着いた。
機内同乗の日系ペルー人のエコノミストから、ペルーの治安について、
詳しい助言があった。夜のリマは危険だという。サン・マルティン広場近辺の
ホテルに宿泊する予定をやめて、ミラフローレス地区のホテルに切り替えた。
空港から、タクシーに乗った。運転手に「ホテル・コンコルド」に行くよう頼んだ。
運転手は、そのホテルはミラフローレス地区の外れにある危険な場所だという。
別の良いホテルを紹介するという。しかし、私はタクシー運転手を信用しなかった。
ホテル・コンコルドに宿を決めた。一泊:15ドル=約1800円だった。

朝食後、新市街ミラフローレス地区のケネディ公園やセントラル公園を散策した。
セントラル公園にあるキリスト教会では、結婚式が挙行されていた。
そして、公園の柵外では、青空絵画市場を開いていた。
ホセ・ラルコ通りを南下して歩いていたら、海の見える公園に出くわした。
公園は「恋人達の公園」と名付けられていた。
公園の真ん中には、恋人たちがキスして抱き合っている巨大なモニュメントが
あった。公園には、2~3組のアベックが楽しそうに語らっていた。
公園近くの海辺の広場では、若者達がハングライダーを楽しんでいた。

昼食は、日秘文化会館で、和食の定食を食べた。それから、日本大使館へ行った。
日本大使館は新しく建設中だった。外観はトーチカ要塞のような形状だった。
旧大使館へも足を伸ばした。
1996年12月17日の夜から翌年・1997年4月22日午後3時23分まで
テロ組織・MRTAの武装グループが占拠した旧日本大使館だった。

 

 

 

イメージ 1

*写真:キト空港では火山灰が約1cm積もっていた。
航空機の機体上で、積もった火山灰を、
箒で掃き落とす空港の航空機整備員の人々です。
~~~~~~~
1999年11月26日、金曜日
朝、ホテルのレセプションで、チェックアウトの手続きを
した時に、受付嬢が、外で大変なことが起こっていると言う。

玄関口から外に出たら、あたり一面に火山灰が降り続いていた。
道路には、約1cmぐらいの火山灰が積もっていた。
視界は、200~300m先は、降る灰で、見えなかった。
歩く人影はなかったが、タクシーだけは灰煙をたてて動いていた。

キト郊外のPichincha火山が噴火したのだ。
ホテルの外で、タクシーを拾って、
空港へ駆けつけたが、空港は閉鎖されていた。

航空機は飛ばなかった。空港の建物の中で、朝の10時ころから
午後3時頃まで、飛行機の運行再開を待ち続けたが、結局、
バスに乗って、約2時間かけてラタクンガ空港へ移動した。

さらに、小型機で、グアヤキル空港へ飛んだ。
夜の7時すぎに、Saeta航空機に乗って、ペルーのリマ空港へ飛んだ。

« エクアドル国、キトのお祭り風景を撮影する | トップページ | ペルー国リマ市の大統領府を見る »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« エクアドル国、キトのお祭り風景を撮影する | トップページ | ペルー国リマ市の大統領府を見る »