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2019年11月30日 (土)

チリ国の砂漠の町・アリカへ行く

  


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*上段の写真は、イキケのプラット広場にある時計台です。
時計台は、1877年に造られて、町のシンボルです。
かって、イキケが繁栄を極めた名残りです。

*下段の写真は、イキケのプラット広場で寛ぐアベックです。
私は、スペイン語の勉強も兼ねて、二人と楽しい会話を交換しました。
プラット広場の周辺には、市立劇場、銀行など荘厳な建物が並んでいました。
プラット広場は、開放感のある広場で、市民の憩いの広場です。

 

 

 






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*上段の写真は、アリカの海水浴場=ラ・リセラ海岸です。
チリ国の海水は、南極から流れて来る冷たい海流のために、
海水温度は低く、ビーチは沢山にあっても、泳げるのはアリカ海岸だけです。
(1999年12月6日撮影)

*下段の写真は、アリカの町から、イキケの町へ行く乗り合いバスの中から、
砂漠を走る自動車道を撮影しました。車道の両側は、延々と続く砂漠でした。
アリカから、イキケまで、片道5時間、往復10時間の旅でした。
この砂漠の旅をするのが、イキケへ行く目的の一つでした。



 

 

 






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*上段の写真は、アリカの町を囲む砂漠です。

*下段の写真は、地上絵のある丘です。
丘の斜面に、動物の地上絵が描いてあります。
手前は、アサバ村の植物園です。



 

 

 






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*上段の写真は、アリカの丘陵の頂上に立つチリ国旗です。
眼下に、アリカの市街を見ることが出来ました。
アリカは砂漠に囲まれた町でした。
アリカは、かって、ボリビア国のポトシ鉱山の銀鉱石をヨーロッパへ運ぶ港でした。
ペルーの国境に接して、交通の要所でした。

*下段の写真は、アリカの市街です。白い壁の家が並んでいます。

私の日記:1999年12月6日、月曜日
朝、ホテルから、タクシーに乗って、ラ・パス郊外のエル・アルト空港へ行った。
ラン・チリ航空機に乗って、チリ国アリカへ飛んだ。
アリカは砂漠の町だった。国境の町だった。
ホテルは、ディエゴ・デ・アルマグロに決めた。
一泊料金は、25ドル=約3000だった。
まず、ホテルで、観光タクシーを20ドル=約2400円で雇った。
運転手は、英語は全く話せなかった。スペイン語で、お互いの意思の疎通を図った。
サン・マルコス教会、アリカ丘陵、ラ・リセラ海岸、アサバ渓谷、地上絵などを
見物した。



 

 

 






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*上段の写真は、ファッショナブルなお店がある坂道ですが、
ボリビア国政府の命令により、国政選挙日のために、どのお店も休業中でした。

*下段の写真は、国政選挙日に、暴動を警戒する兵隊さんです。

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