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2019年11月30日 (土)

ブラジルのリオ・ジャネイロの浜辺に行く

 

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*上・下段の写真は、リオデジャネイロの
ポン・ジ・アスーカルへ行くゴンドラ乗り場です。
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リオデジャネイロは、サンパウロ市と並ぶブラジルの経済的、文化的中心の町です。
カーニバルで有名です。
コパカバーナ、イパネマなどの世界的に有名な海岸を有し、
世界3大美港の一つに数えられる美しい都市です。

1960年にブラジリアに遷都するまではブラジルの首都でした。
また、1808年にナポレオンに本国領土を奪われたポルトガル王室が遷都してから
ブラジルが独立するまでは、ポルトガルの首都でした。

また、中南米有数の貿易港でもあるために、ブラジルの経済的な中心地でもあった。
近年はその地位が低下しているものの、
依然としてブラジルのみならず世界でも有数の観光地として、
ショーロ、サンバ、ボサノヴァを生んだ音楽の都としても名高いです。

人口は約800万人です。

 

 

 

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*上段の写真は、リオデジャネイロのコパカバーナ海岸の
ビーチに佇む筆者です。

*下段の写真は、リオデジャネイロのイパネマ海岸通りに佇む筆者です。
~~~~~~
リオデジャネイロは、サンパウロ市と並ぶブラジルの経済的、文化的中心の町です。
カーニバルで有名です。
コパカバーナ、イパネマなどの世界的に有名な海岸を有し、
世界3大美港の一つに数えられる美しい都市です。

1960年にブラジリアに遷都するまではブラジルの首都でした。
また、1808年にナポレオンに本国領土を奪われたポルトガル王室が遷都してから
ブラジルが独立するまでは、ポルトガルの首都でした。

また、中南米有数の貿易港でもあるために、ブラジルの経済的な中心地でもあった。
近年はその地位が低下しているものの、
依然としてブラジルのみならず世界でも有数の観光地として、
ショーロ、サンバ、ボサノヴァを生んだ音楽の都としても名高いです。

人口は約800万人です。

 

 

 

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*上段の写真は、リオデジャネイロのコパカバーナ海岸に立つ筆者です。

*下段の写真は、コパカバーナのビーチに立つ同行の友・吉沢さんです。

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リオ・デ・ジャネイロは、ブラジルの南東部にあるリオデジャネイロ州の州都で、
ブラジル最大の港湾都市です。

"Rio de Janeiro"とは、ポルトガル語で「1月の川」という意味です。
長距離バスや航空機の行先表示などでは単純に「Rio」と略記されることもある。

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1999年10月6日、土曜日
同行の吉沢さんが、急用が出来たので、日本に帰国したいという。
そこで、急遽、次の旅行目的地のチリ国行きの航空券を解約して、
ブエノスアイレスのアエロ・パルケ空港へ引き返すことになった。
カラファテの町からリオ・ガジュゴスへ行き、ホテルNEVADAに一泊した。

10月7日、日曜日
朝、二人は、リオ・ガジュゴス空港から、ブエノスアイレスに引き返した。
ブエノスアイレスの空港ターミナルでは、旅行社の文野さんが、
待っていてくれた。文野さんからサンパウロ空港行きの切符を手にした。
サンパウロでは、空港から東洋人街へタクシーで移動した。
地下鉄リベルダージ駅前の「大阪プラザホテル」に宿泊した。

11月8日、月曜日
サンパウロの中心街に住む小林さんのお宅へ行き、同行の吉沢さんが
急用で日本へ帰国したい事情を話した。
吉沢さんは、リオ・デジャネイロの町には、是非、行ってから帰国すると
の申し出があった。航空券は、ジャルパックのサンパウロ支店を利用した。
日本航空のサンパウロ支店に行き、吉沢さんの成田空港への帰路日程変更の
手続きをした。

11月9日、火曜日
朝、サンパウロ空港へ行った。私達二人を乗せた飛行機は、
リオデジャネイロのサントス・ドウモント空港に到着した。
イパネマ海岸へ行くバスの中で、乗客の一人、肥満した黒人女性が、
コパカバーナのホテルTOLEDOを紹介してくれた。
私達二人は、ホテルに着くや否や、コパカバーナ海岸へ向かって歩いた。
気温は低かったので、ビーチで遊ぶ人は少なく、泳ぐ人は皆無だった。

 

 

 

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1999年11月5日、アルゼンチン国のペリト・モリノ氷河を見物しました。
独特の青白い、妖しくも美しい氷河を、観光船の船上から、見物しました。
地球温暖化が叫ばれている今日にあって、あれから、約9年間の月日が経過しましたが、
ペリト・モレノ氷河は、何万年の姿で、変わらぬ姿が今も見られる事だと思います。

 

 

 

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アルゼンチン国の世界遺産、ペリト・モレノ氷河を、
観光船の船上から見物しました。
1999年11月5日、金曜日のことです。

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