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2019年11月30日 (土)

ボリビア国の首都ラパスへ行く

 

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*上段の写真では、ラ・パスの町が、坂の多い町だということが分かります。

手前の建物は、町の中心街の、比較的立派な建物ですが、
遠方に見える斜面の住宅街には、貧しい人々が暮しています。
質素な掘っ立て小屋の住宅が並んでいました。

*下段の写真は、カテドラル=サン・フランシスコ教会です。
教会の右隣りは、民芸品広場です。
山の斜面に、貧しい人々の掘っ立て小屋の住宅が並んでいます。

 

 

 

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*上段の写真は、コロニアル・ムード漂うムリリョ広場周辺です。
スペイン統治下時代の建物が、そのまま残っていました。
*下段の写真は、旧市街の高級住宅地で、ファッショナブルな家がありました。

 

 

 

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*上段の写真は、ムリリョ広場にあるボリビアの国会議事堂です。
*下段の写真は、首都ラ・パスのメイン・ストリートの
 Ave.16 de Julio ~ Ave.Villazonです。

私の日記:1999年12月5日、日曜日
外は快晴だった。今日は国政選挙の投票日のために、主要な道路には、
自動車は走っていなかった。アルコール飲料は、発売禁止だった。
公共施設は、どこも休業だった。往来は閑散としていた。

 

 

 

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**上下の写真は、ラ・パスのフォルクローレ・ミュージクの本場、
レストラン、ペーニャのライブハウス「ロス・クドス」のショウと舞台です。
(1999年12月4日、土曜日に撮影)

ラ・パスは、世界的に有名なフォルクローレの本場の町です。
ホテルの従業員から、ラ・パスの夜の一人歩きは危険だと言われたが、
折角、フォルクローレの本場に来たからには、ペーニャへ行って、
ライブショウを見たかった。

ペーニャに入場したが、観客は7名だけだった。少ない観客なので、
フォルクローレの音楽も踊りも、なんとなく盛り上がりに欠けた舞台だった。
翌日は、国会議員選挙の投票日のために、11時に閉店の処置がとられた。

尚、ペーニャとは、食事を食べながらライブ・ショウを見るところです。

 

 

 

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*写真は、ペルー国のプーノから、陸路で、ボリビア国の首都・ラパスへ
行く途中で、国境の町、コパカバーナを過ぎて、ティキーナ湖峡を渡ったところに
ある町です。

私の日記:1999年12月4日、土曜日
プーノの町のホテルで、朝、起きたときに、軽い高山病に罹っているのか、
頭がすっきりしなかった。午前8時に、ボリビア国へ行きのバスに乗った。
ペルー国とボリビア国の国境の町、ユングーノに着いた。出入国の手続きは
簡単だった。ボリビア国へ入ってから、道路は悪路だった。
ボリビアの首都ラ・パスには、午後4時頃に到着した。

ボリビアの首都ラ・パスは、標高3650m、世界最高所にある首都として有名です。
人口は約110万人ですが、半数が先住民インディヘナが占めています。
ある旅行者が、ラ・パスについて次のように述べています。

ラ・パスの難点は、偽警官が多いこと。いたるところに出没するが、特に多いのが
バスターミナル周辺とペルー国境からのバスが着くセメンテリオ(墓地)周辺。
手口は3種類。まず、観光客役が道を訪ねてきて標的の足を止め、そこに警察官と
名乗る男がやってきて、麻薬捜査などと称して荷物検査をするというもの。

2つ目はこの偽観光客抜きで私服警官が一人で職務質問するというもの。
3つ目はタクシーに警官が乗りこんでくるというもの。現金を持っていれば、
もちろん抜きとる魂胆だ。そもそもボリビアの警察官は制服を着ているし、
観光客に英語で話しかけてくるようなことはない。ラ・パスに17日いて4回も
偽警官に遭った。ペルーのリマやクスコで頻発しているタクシー強盗も
ぼちぼちラ・パスで起きているようだ。

 

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