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2019年11月30日 (土)

南米のエクアドル国とコロンビア国を歩き回る

*写真は、首都キト市、旧市街の独立広場に立つ筆者です。

この広場には、1809年8月10日の独立を記念した碑が立っていました。
旧市街セントロの中でも、ここは心臓部にあたるところです。
この独立広場を中心にして、大統領官邸、市庁舎、カテドラルがありました。

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400年の歴史を刻む旧市街(世界遺産)
キトは、ピチンチャ山(4839m)を背景に、南北17kmにわたって、
延びる細長い街です。北からノルテ(北地区、新市街)、セントロ
(中央地区、旧市街)、スール(南地区)の大きく3地区に分けられます。
セントロが一番の見どころです。コロニアル時代の面影を残す建築物が並び、
その間を石畳の道が続いています。

 

 

 

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*写真は、エクアドル国の首都キトにある最大のカテドラルです。

1657年の建設です。キトの独立運動の中心であり、
暗殺されたスクレ将軍が隅にひっそりと埋葬されています。

このカテドラルのある旧市街は、ユネスコの世界遺産ですが、
カテドラルの玄関口には、可哀想な物乞いが5~6人いました。
物乞いにオカネを差し出すことはしませんでした。
聞くところによると、物乞いにオカネを寄贈する外国人は、
あとで、スリ、カッパライのターゲットにされるということでした。

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私の日記:1999年11月23日、火曜日
朝、6時に起きた。早めに、コロンビア国、ボゴタ郊外の
エル・ドラド国際空港へ行った。
ボゴタ市が、標高2600mの高所にあるからか、身体のだるさと
少しの頭痛を覚えた。空港では、出国に際して荷物検査が厳しかった。
日本人の私には簡単な検査だった。コロンビア国は麻薬の本拠地だけに、
厳重な麻薬取締りの現場の光景を見て納得した。

午前10時発のアビアンカ航空機に乗った。
エクアドル国の首都キトへ飛んだ。
マリスカル・スークレ国際空港に降りた。空港からバスに乗り、さらに、
トロリーバスに乗り換えて、コロン駅で下車し、ホテル「ドン・ジョウルジョ」
に宿を決めた。一泊が12万スークレ=約7ドル=約840円だった。
部屋は清潔で綺麗だった。コロン駅から少し遠いのが難点だった。
このホテルは、新市街の高級住宅街の一角にあります。

キトは、標高2850mだった。高山病に罹らない様に旧市街をゆっくりと
歩いた。旧市街・セントロは、400年前の植民地時代の建築物が、いまなお、
しっかりと生き続けていた。ユネスコが「世界遺産」として指定した都市キト
の旧市街を見物した。独立広場を囲んで、カテドラル、大統領官邸、市庁舎
などがあった。

 

 

 

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*写真は、19世紀博物館の内部です。
19世紀におけるコロンビアの文化がどんなものだったかを、
骨董品のコレクションで再現したユニークな博物館でした。

1999年11月22日、月曜日
大統領官邸の周辺は、物々しい警戒陣の網が張られていた。
コロンビア国は、麻薬マフィアのテロが、しばしば起きているので、
国軍による警護隊の警戒を当然のことと思った。
官邸周辺をパトロールして警戒にあたって兵隊達に、
「19世紀博物館は、どこにあるのか」と尋ねたところ、
その中の一人が、上司の許可を得て、私を自動小銃付きで、
護衛しながら、「19世紀博物館」まで、案内してくれた。
きっと、暇を持て余していたのだろう?

 

 

 

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イメージ 2

**上段の写真は、
首都ボゴタのボリーバル広場で憩う老人達です。
私に「中国人か?」と尋ねてきたので「そうだ!」と応えました。

*下段の写真は、
首都ボゴタのボリーバル広場で、遊ぶ家族連れの市民達です。

 

 

 

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イメージ 2

**上下段の写真は、首都ボゴタの新市街で、日曜日の休日に、
歩行者天国で、サイクリング競技を楽しむ市民達です。
(1999年11月21日、日曜日、撮影)

暗い感じの旧市街に対して、新市街は明るい雰囲気だった。

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