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2019年11月23日 (土)

トルクメニスタンの遺跡

2014年6月8日(日)、中央アジア最大の遺蹟と言われるトルクメニスタンの世界遺産メルブ遺跡の”乙女の城=大キズカラ”のほかに”小キズカラ”など数々の遺蹟を見学しました。
 
次の写真は、世界遺産のメルブ遺蹟”小キズカラ”です。
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次の写真は、”小キズカラ”から”大キズカラ”を撮影したものです。
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次の写真は、メルブ遺蹟のひとつ、エルクカラです。
紀元前6世紀から,アケメネス朝ペルシャの支配下にある一オアシス都市として繁栄した都市があったそうです。当時,都市は日干レンガの城壁で囲まれ,これがエルクカラとして知られたそうです。現地には殆ど何も残っておらず,僅か崩れた城壁が残っているだけだ.こういう場所では登るくらいしかなかろう,と登ってみた。日干レンガ構造が間近に見え,また周りは平らなので遠くまで見渡せた。
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次の写真は、メルブ遺蹟のスルタン・サンジャル廟です。
かつては青タイルで装飾されていたスルタン・サンジャル廟は、外壁5m、基礎6mという堅牢なもので、後のモンゴル軍の破壊や地震にも奇跡的に耐え抜き、当時の建築技術の高さをうかがわせる。
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メルブの終焉(モンゴルによる壊滅)

12世紀末も、ホラズム・シャー朝支配下の重要な都市として繁栄を続けたが、1218年に、チンギス・ハーンの要求を伝えた特使を殺害したため、1221年に、チンギス・ハーンの末子トルイ率いるモンゴル騎馬団が復讐のために攻め込んで、100万人を数えたという住民を一人残らず皆殺しにした。メルブの町は廃墟と化し、二度と復興しなかった

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