文化・芸術

2020年2月13日 (木)

老人の美学


 ☆ 浮世に生きる老人の美学 ☆


 


 さわやかに生きる ♪


 しなやかに生きる ♪


 したたかに生きる ♪

 

2020年2月 6日 (木)

2月度吉川和夫美術展=風景を描く

 

( 2月度の風景画 )

★ 英国の湖水地方の風景を描く ★



( 画用紙 水彩/パステル 6号 330x410mm )


英国の湖水地方は、イングランド(England)北西部・カンブリア郡に位置する地域の名称である。

概要
氷河時代の痕跡が色濃く残り、渓谷沿いに大小無数の湖(英:lake)が点在する風光明媚な地域で、 イングランド有数のリゾート地・保養地としても知られる。The Lakes、Lakelandなどとも呼ばれる。

湖水地方のほとんどの地域に相当する約2,300平方キロメートルは、1951年にレイク・ディストリクト・ナショナル・パーク(Lake District National Park)と呼ばれるナショナル・パーク(National Park、日本の国立公園に相当)に指定された。イングランドとウェールズにある13のナショナル・パークにおいては最も広い面積を持ち、イギリス全体でみてもスコットランドにあるケアンゴーム・ナショナル・パーク(Cairngorms National Park)に次いで2番目の広さを誇る。その範囲が2017年に世界遺産リストに登録された。




私は、1995年10月28日、英国の湖水地方を訪れました。湖水地方の沢山の
湖、峠、谷、滝、小川、山、丘、農家、牧場などの自然風景を見て満喫しました。

 

2月度吉川和夫美術展=人物を描く

 

( 2月度の人物画 )

★ 画家ゴーギャンの自画像を模写する ★


左が本物(油彩)             右が模写(水彩)

              ( 画用紙 水彩/パステル 6号 330x410mm )

ポール・ゴーギャンは、1848年、二月革命の年にパリに生まれた。父クローヴィス・ゴーギャンは、共和主義者のジャーナリストであり母アリーヌ・マリア・シャザルの母(祖母)は、初期社会主義の主唱者でペルー人の父を持つフローラ・トリスタンであった。1851年、ナポレオン3世のクーデターで、共和主義者であった父クローヴィスは職を失い、一家は、パリを離れてペルーに向かった。しかし、父クローヴィスは、航海中に急死し残されたポールとその母と姉は、リマで、ポールの叔父を頼って、4年間を過ごした。
 1867年7月7日、母が亡くなったが、ポールは、数か月後に姉からの知らせをインドで受け取るまで知らなかった。その後、1868年、兵役でフランス海軍に入隊し、1870年まで、2年間勤めた。1871年、23歳の時、パリに戻ると、母の富裕な交際相手ギュスターヴ・アローザの口利きにより、パリ証券取引所での職を得、株式仲買人として働くようになった。その後11年間にわたり、彼は、実業家として成功し、1879年には、株式仲買人として3万フランの年収を得るとともに、絵画取引でも同程度の収入を得ていた。
 株式仲買人としての仕事を始めた1873年頃から、ゴーギャンは、余暇に絵を描くようになった。彼が住むパリ9区には、印象派の画家たちが集まるカフェも多く、ゴーギャンは、画廊を訪れたり、新興の画家たちの作品を購入したりしカミーユ・ピサロと知り合い、日曜日にはピサロの家を訪れて庭で一緒に絵を描いたりしていた。ピサロは、彼を、他の様々な画家たちにも紹介した。
 1888年、ゴーギャンは、南仏アルルに移っていたゴッホの「黄色い家」で、9週間にわたる共同生活を送った。しかし、2人の関係は次第に悪化し、ゴーギャンはここを去ることとした。12月23日の夜、ゴッホが耳を切る事件が発生した。ゴーギャンの後年の回想によると、ゴッホがゴーギャンに対しカミソリを持って向かってくるという出来事があり、同じ日の夜、ゴッホが左耳を切り、これを新聞に包んでラシェルという名の娼婦に手渡したのだという。翌日、ゴッホはアルルの病院に送られ、ゴーギャンはアルルを去った。2人はその後二度と会うことはなかったが、手紙のやり取りは続け、ゴーギャンは、1890年、アントウェルペンにアトリエを設けようという提案までしている。
 ゴーギャンは、タヒチの古い習俗に関する本を読み、アリオイという独自の共同体やオロ 神についての解説に惹きつけられた。そして、想像に基づいて、絵や木彫りの彫刻を制作した。その最初が『アレオイの種』であり、オロ神の現世での妻ヴァイラウマティを表している。
 ゴーギャンはタヒチの文化に強く惹かれ1891年と1895年、2回タヒチに住み着いている。1回目のタヒチでの作品の評価は低く、作品も2点しか売れなかった。そのため生活費にも困り1893年に国費の旅費で帰国している。しかし、パリでのゴーギャン批判に耐えきれず再びタヒチへ逃避するようにやってくると徐々に作品も売れ始め批評も肯定的となり注文も安定してきた。生活にも余裕が出来てきたのだが自身の健康状態(梅毒と言われている)が悪くなり、「我々はどこから来たのか」を描き終わるころには多額の借金と古傷の足の痛みまで重なりモルヒネに頼るつらい日々を送っていた。そして、1903年5月8日近くの住民がゴーギャンが亡くなっているのを発見した。死因については自殺説もあるが今日でも不明である。

☆ゴーギャンの自画像を描く(模写)

左が本物(油彩)                  右が模写(水彩)

                ( 画用紙 水彩/パステル 6号 330x410mm )




2016年7月14日、米国ボストン美術館で、ポール・ゴーギャンの作品と三度目の対面をしました。
その作品の題名は「我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々は何処へ行くのか」です。









仏領タヒチでは、2010年2月1日~15日、15日間滞在しました。
2月3日タヒチのゴーギャン美術館で、彼の足跡を偲びました。
島々を見物しながら多くのタヒチの人々と語り合いました。

 

2月度吉川和夫美術展=植物を描く

 

( 2月度の植物画 )

★ 香川県の県花「オリ-ブの花」を描く ★


( 画用紙 水彩/パステル 6号 330x410mm )

「オリーブの花」
オリーブは常緑の高木です。太陽と温暖な気候、水はけの良い土壌とたっぷりの水が大好きです。

オリーブは初夏に白や黄白色の小さな可愛い花をたくさん咲かせます。その様子は同じモクセイ科のキンモクセイとよく似ています。その後、丸くて可愛らしいグリーンの実をつけ、その実は赤、紫、黒へと成熟します。実はそのまま食べるととても渋いのですが、加工することで美味しいオリーブオイルやピクルスなどになります。

そのように家庭の食卓でも日常的に利用されているオリーブですが、植物としてのオリーブの魅力は何といっても樹形と葉の形です。葉の表面は光沢のある緑色、裏面には白い細毛が密生していて、風が吹くときらきらと銀灰色に輝きます。

「平和の象徴」としてハトが葉を口にくわえているデザインをラッキーモチーフなどで見たことがあるかもしれませんが、あの葉はオリーブです。「平和のシンボル」とされるのは「旧約聖書」のノアの箱舟のエピソードに由来します。ハトがくわえてきたオリーブの枝を見て、ノアは洪水が引いたことを知ったのです。

また、オリーブは萌芽力にも優れ、樹齢もとても長く、地中海沿岸地域では1000年を超える老木が今だに実をつけるそうです。

オリーブグリーンと言われる色もありますが、他の植物にはなかなかないような葉色や、スモーキーで乾いた感じの枝や幹の色など、様々な魅力があります。

オリーブは違った品種を2本以上植えた方が実がつく確率が俄然アップします。





写真:香川県の県花:オリーブの花

 

2020年1月19日 (日)

葛飾北斎の情念を探して

 


葛飾北斎の自画像


★ 葛飾北斎の情念を探して ★



 私は、遅蒔きの悠遊浪人ですが、
 画狂人と称した浮世絵師・葛飾北斎のように、
 弐万点を超える絵画を制作してみたいです。
 そして、自分流独特の様式を確立してみたいです。

 私は、平凡な愚者ですが、
 浮世の評判など気にせずに
 放埓老人と言われるほどに
 自由奔放な生活をしてみたいです。
 
 私は「生と死」の狭間を幾度も彷徨しましたが、
 お陰様で、不思議にも奇跡的に生き続けています。
 折角、元気で生かされているのですから、
 残りの人生で、したいことを、してみたいです。


 

2020年1月17日 (金)

自問不答心自迷

☆ 自問不答心自迷 ☆



 * 人生とは何か

 * 生きる意味とは何か

 * 生きる目的とは何か

 * 神は存在するのか

 * 人間存在とは何か

 * 死とは何か

 * 死ぬとは、いかに生きると言う事なのか

 * 霊魂は、存在するのか

 * 死は不幸なことなのか
   「人間は、必ず、死ぬ」=不幸?

 * 愛とは何か

 * 友情とは何か

 * いったい幸福な生活とは何か

 * 自分は、何のために生きているのか

 * 自分は、いかに生きるべきか

2020年1月16日 (木)

自分は何者か

☆ 自分は何者か ☆


 



 むかし:自分は腕白小僧だった
 むかし:自分は悪戯児童だった
 むかし:自分は怠惰少年だった

 いまや:自分は悠游蕩児である
 いまや:自分は放埓愚者である
 いまや:自分は退屈浪人である


 自分は何者か、加減に究明中
 自虐発想は他者が誤解するも
 時に痛快自戒の表現でもある


(清く、気高く、美しく生きたい自画像)

 

2020年1月15日 (水)

1月の吉川和夫美術展~風景を描く

 

( 1月度の風景画 )

★ 英国のネス湖「幻の怪獣ネッシー」を描く ★



( 画用紙 水彩/パステル 6号 330x410mm )


ネッシー(英: Nessie)は、イギリス、スコットランドのネス湖で目撃されたとされる、 未確認動物「ネス湖の怪獣 (the Loch Ness Monster、ロッホ・ネス・モンスター)」の通称。 未確認動物の代表例として世界的に知られ、20世紀最大級のミステリーとして語られてきた。

概要
記録として残されている最古の記録は西暦565年、アイルランド出身の聖職者コルンバの生涯に関する伝記中で言及された、ネッシーの発見報告である。

当時コルンバは、スコットランド北部の異教徒へのキリスト教布教活動を精力的に行っており、 その半ばイギリス最大の淡水湖であるネス湖でネッシーと遭遇したという。以来、多くの発見報告がなされてきた。

特に1933年以降、ネス湖で多くの目撃例が報告され、写真や映像が公表されてきた未確認動物。 「ネッシー(Nessie)」の通称は世界的に使われるが、日本においては特にこの名が浸透している。 科学の進歩で謎や不思議の少なくなった20世紀において、未確認飛行物体と並ぶ最大級のミステリーとして語られてきた。

その正体については諸説が提唱されてきた。目撃談や写真に捉えられた形状から、 恐竜時代に栄えた大型水棲爬虫類である首長竜プレシオサウルスの生き残り、 あるいは世代を経て進化した姿という説が、古くから最も知られている。 太古に絶滅したとされる大型獣が生存していたとすれば大きなニュースであり、ロマンをかき立てられる話題でもあることから、 期待を込めて支持を集めてきた面もある。他には竜脚類の生き残り説や魚類説など、多数ある。

しかし、目撃証言や写真・映像の多くが、既知動物や船舶、流木、航跡、または波動など自然現象の誤認であるか、 あるいは捏造と判定され、大型獣が生存している可能性を否定する動物学者は多い。





私は、1993年4月7日に、英国のスコットランドにあるネス湖を訪れました。
ネス湖の周辺を歩き回り湖面を見ましたが、その時は怪獣は現れませんでした。

 

2020年1月14日 (火)

1月吉川和夫美術展~植物を描く

 

( 1月度の植物画 )

★ 富山県の県花「チューリップの花」を描く ★


( 画用紙 水彩/パステル 6号 330x410mm )

「チューリップの花」
チューリップには多様な園芸品種が存在する。外観は、花弁の先端が丸いもの・尖ったもの・フリル状のものもある。 咲き方は一重から八重で、一つの球根から複数の花がつくもの、すぼまった状態で開花するものや 花弁が外側へ反り返り全開して開花するものなど。 花色も青以外の赤・黄・オレンジ・白・緑・紫などの単色や複数の色のものなど、 数百品種のチューリップが存在する。
青バラと同様に多くの育種家によって青いチューリップの開発が進められているが、 花弁全体が青い品種は発表されていない。チューリップの花を上から覗くと、花弁の根元に青い部分が存在する。 その部分には青い色素が見られ、その青い部分を増やすことで青いチューリップを作る研究がされている。

繁殖は主に分球で、実生(タネ)からは開花までに5年以上かかる。 有無、香り、早晩性、耐暑性・耐湿性、多花性、繁殖力、切花では切花寿命や無花粉化、 花茎の硬さなど改良されるべき性質が多く、特に日本の高温多湿に強い品種が望まれる。 ただし、野生種をはじめ交配に使える素材も多いため、時間は掛かるが品種改良は比較的容易である。

開花前に裁縫に用いる針等を用いてチューリップの花の根元部分を貫通させ傷つけるとエチレンが発生し、 開花期間を長引かせることができ、開花後に同様のことを行うと開花期間が短縮することがチューリップのみで確認されている。



写真:富山県のチューリップの畑

 

2020年1月12日 (日)

人間の尊厳

この浮世で、生きている事は、素晴らしいことです。

一人ひとりが、尊厳を持っています。

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